翌朝、アッテンボローは自室のベッドの上で目を覚ました。
冬の朝の寒さに身を震わせながら、緩慢な動作で起きあがる。
ふと自分の姿を省みると、軍服姿のままである。
昨夜、何があったのか。
アッテンボローは、まだ寝ぼけている頭を無理矢理回転させる。
士官クラブで呑んでいて。
ポプランに声をかけられて。
他愛ない毒舌合戦に花を咲かせ。
その後の記憶がまるでないのだ。
事実に気付いたとき、アッテンボローは愕然とし、次いで不安になった。
おそらく酔い潰れたしまったのだろうが、自分はなにか妙なことをしなかっただろうか、と。
今まで記憶がなくなるほど呑んだことなど、アッテンボローは無かった。
経験がないだけに、より不安が増すのだ。
知らない方がいいのかもしれないが、このまま不安を背負ったままでいることはアッテンボローは出来なかった。
少なくともポプランは事情を知っているはずだとアッテンボローは考えた。
おそらく自分をベッドまで運んだのもポプランであろう。
ポプランを捜し、事情を聞かねばならない。
アッテンボローはそう決心し、身支度を整えるため洗面台に向かう。
そのポプランが空白の記憶の原因だとは、流石のアッテンボローも考えつかなかった。
顔を洗って幾分か意識がはっきりしてきたアッテンボローは、ふと机の上に置かれていたノートに目をやる。
もはやアッテンボローの特徴の一つにもなっている、彼の日記だった。
「そういや、ポプランが随分気にしていたな」
彼とて、別に中身を隠しているわけではない。
ポプランの態度が怪しすぎただけのことだ。
そういえば、何故ポプランは自分の日記などを見たがったのだろうか。
そんなことを考えながら、アッテンボローは何の気無しにノートを手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
彼の文字が、つらつらと過去をなぞっていく。
あるページに達したとき、ぴたりと彼の手が止まった。
「・・・あの野郎〜っ!!」
半瞬置いて、地を揺るがすような低い怒声がアッテンボローの口から発せられる。
心なしか頬が朱に染まっている。
彼の日記の最後尾に書かれていたのは、ハートのエース。
その横には、「呑みすぎはいけませんぜ」のコメント。
誰の手によって書かれた物かは、アッテンボローでなくても一目瞭然だった。
もう絶対呑みすぎない。
そう誓ったアッテンボローだった。
「・・・そんなこと書いたんですか」
コールドウェル大尉は、呆れきったようにそう言ってコーヒーに口を付けた。
対面に座るのは、彼の上官である。
「アフターケアもばっちりだろ。これで中将は自分が酔い潰れたんだと思いこむぞ」
ポプランは楽しそうに朝食のポテトグラタンにフォークを突き刺した。
「いや、あの提督は実にからかい甲斐があるね」
不幸なアッテンボロー氏が食堂にやってくるのは、この5分後のことである。